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2008年6月26日 (木)

NO53 食中毒事件と砥部焼きの話

 世紀末の2000年になった頃と記憶しますが、ある日大きな食中毒事件が愛媛県で発生したとの情報が入りました。
 食品を扱っていた私は内容を知りたくて、いくつもの新聞を見たのですが記事が見当たりません。 
  調べたところ、あの県に愛媛新聞という地方紙があることが判り、その東京支社が銀座4丁目にある事を知りました。
 早速新聞を買いにその支社に行き、受付で來意を告げ該当の記事がある新聞を全部下さいと言いました。
 待つ間に気がつくと、受付のカウンターに良い花瓶があることに気付き、砥部焼(とべやき)?ではないかと思って聞きました。「はいそうです」との返事で、私は「良い花瓶ですね」と言いました。
 中毒記事のある4日分の新聞を買い帰ろうとすると、
 そのとき、事務所の奥の役席の方が、受付嬢と私ののやり取りを見ていたのか、急に立ち上がって私に近づき一礼され、 

 「砥部焼きをご存知でしたか?」

 と聞かれました。
 私は、

「大分昔ですが道後温泉に泊まり、砥部焼きの窯を尋ねましたた」

 と答えました。相手は満面に笑みを浮かべ、砥部焼きの話をされ、窯業発展のために県の指導で色々のことをしているとの事でした。
 200年からの歴史が有れば有名な陶工の方も居られるだろうと思い、聞きますと、以前には生活の為の日用品が主でしたが、最近は窯に住み込み作陶に専念し作家を志す方がが増えました。とされ、
 今成功し有名になったのは工藤省治さんで、日本橋丸善で毎年個展を開かれています。と言うではありませんか。愛媛のこと今後もよろしくと言われました。
 聞いて驚きました。
 工藤さんの作品なら、先に書いた愛媛への旅で尋ねた窯で大きなものを買っていたからです。

 それが次の作品です。高さ、幅とも27cm

 
 丁度秋で、実った柿の実の農村風景を見ながら、小高い岡の上の梅野精陶所にタクシーが案内しました。
 作品展示室には多くの作家の手によるものが並んでいました。数ある作品の中で私の気を引いたものがこの一作でした。
 写真には写りませんが単調な藍色ではなく、何か作家の苦悩が伝わるものがありました。
 聞くと画家を目指しながら、陶芸に目標を変えられた由で、この方は苦労しました、と支配人らしい人の説明でした。このような釉の使い方を呉須巻きと教わりました。
 見物だけで、買うつもりの訪問では有りませんでしたが、気に入ってこの壷を買いました。
 呉須(ごす)とは陶芸で最も多く使われるもので、酸化コバルトが成分で、ごく少量の鉄、マンガンを含み、銅鉱山の副産物だそうです。素焼きにこれを塗り本焼きをすると、全く色の違った藍色になり、即ち染付けになります。
 因みに素焼きは800度、本焼きは1,200~1,300度で
焼き上げると体積が85%くらいに縮小し、硬くなります。
 又、砥部は昔砥石の産地でそれが地名になり、砥石屑を陶器の原料として、藩の方針で大層苦労の末に陶器の生産に漕ぎ着けた物語がある由でした。 

 私は自分に鑑賞眼があるなどと夢思ったことはありませんが、買って忘れた頃にその作者が著名になっていて驚いたことが不思議に何度もあります。運が良いのですかね、何れ追ってお話をしてまいりましょう。 以上   
           杜の鍛冶屋 敬白

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コメント

NUUDOO様

砥部焼きのお話、大変興味深く拝読致しました。
こういう経験は本当に得難い、貴重なもの
だと思います。
ところで、カウンターの上がり具合が大変早いですね。ご同慶の至りです。

投稿: ラベンダー | 2008年6月26日 (木) 15時38分

 情報は歩かないと入りませんね。座っただけで居ると79歳の私は次第に耄碌します。現職で居た頃はことに痛感しました。来月は洞爺湖会議が開かれるホテルに泊まりにに出掛けて見ます。五稜郭も見たいのです。旧友と軽井澤ゴルフに6日間出かけます。下手になるばかりですが。杜の鍛冶屋

投稿: 作者より | 2008年6月26日 (木) 16時12分

何でも結構ですから、ご感想をお寄せ頂けるとありがたいです。

投稿: 作者 | 2008年6月26日 (木) 22時48分

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