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2009年4月11日 (土)

NO.149号 続 千鳥ヶ淵の桜、その2

 田安門の中から北に向かって撮影。この門は重要文化財。万治元年(1636)
建築の豪壮な造りである。元,田安家の門であった。
 江戸城の中にどうしてそんな家が有ったのか?
 
 名君と言われた八代将軍徳川吉宗は子沢山であり、長男を九代将軍とし、あ
と3人の男子を城内に住まわせ、それぞれ田安,一橋(ひとつばし)、清水の姓を与え、
将軍補佐とし、将軍万一の時はこの三家から将軍を出すことにした。
 それは徳川御三家と将軍との血縁が離れたことに対する対策だったのではないか?
 それまでは吉宗のように紀州家から将軍が出るような御三家内の内紛もあったのだ
った。後年最後の将軍の15代慶喜の例がある。彼は三家の一橋家より出ている。

 この三家は御三卿と言われて幕府内で重きをなした。各々10万石を領したが、家
来を多く養って居た訳ではなく、豊かな暮らし向きであった。田安家初代の宗武は歌
人、国学者として著名である。
一橋家の跡地は大学になったのではないか?。



 
同じ門で、外人も多く。














巨幹に胴吹きの桜





   以上  次号に続きます。

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