NO.183号 北軽井沢の花
北軽井沢の歴史
海抜は1,100mから1,200mで本軽井沢に較べると400~500mは高い位置にある。従って気温は格別に低く、冬の降雪は2~3mになる程である。地形から云うと北に向かって、なだらかな傾斜である。この地形が降雪が多い原因と思う。厳寒-30度にもなる。
吾妻郡の広大な地域は交通不便で開発されず、生活には甚だ不便な所だった。それらの解決のために信越線軽井沢駅から一山越えて草津までの軽便鉄道が敷設された。大正4年(1915)着工,大正15年(1926)完工開通であった。期間11年を費やしたが、出来た線路は工事完成部分を直ちに使用が開始されたようである。
開通後の草津やその他の地域も開発が促進されたが、北軽は戦前立教大学の先生方が別荘を建てて、大学村と呼ばれていたくらいのもので、利用は左程進まず、戦後外地からの帰国者が定着して開拓し、酪農、果樹、高原野菜の栽培などで多難忍従を強いられたらしい。
開発が進んだのは4~50年前、三井、三菱、西武などの開拓資本が投入されて、別荘建設が急に拡大するに至った。
此の地は長野県と群馬県の交接地帯だが、殆どが群馬県である。北軽井沢の地名は正式には褄恋村で、別荘販売の知恵が働いたようである。草軽鉄道は今は撤去されて無い。
①看板
②高速のトンネルを抜けたらそこは軽井沢だった。そこから更に40分かけて北軽に着いた頃は丁度夕日が松林の彼方に没するときだった
③旅をすると地方色豊かなマンホールを撮影することにしている。
④松林の中に別荘が点在している。別天地である。
⑤遊ぶところはこの看板のほかに、プール、テニス、、ボーリングなど多彩。土地や建物は値下がりが大きい。後方浅間山
⑥イワカガミ。繁殖力が強い。目立たない花が小さく咲いていた。
⑦同
⑧マーガレット 路辺いたる所にこの花が。
⑨同拡大
⑩オオヤマフスマ(ナデシコ科)地面にひっそりと目立たず咲いていた。
⑪ミリオンベル 電気屋の店頭で。以下7枚は同じ店で。この辺に住む人は花好きが多いようだ。
⑫インパチェンス
⑫ランタナ
⑬ミリオンベル
⑭ペチュニアもしくはサフィニア⑬
⑮ベゴニア
⑯ペチュニアもしくはサフィニア
⑰インパチェンス
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⑲タツナミソウの園芸種?
⑳タツナミソウの園芸種?
以上
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