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2009年12月 1日 (火)

NO.224号 火焔

 火焔と言っても火焔土器の事ではありません。焼き物で焔が表現出来ないかと色々と試したのですが結果は未だ成功にはなりません。
 2ヶ月ほど前に中国で42万年以前に人が住んでいた住居跡が発見され、そこには火を使っていた痕跡があったと伝えらました
人類が他の獣類に差をつけたのは火の使用の効果であったことは多分間違いないでしょう。
 そんな気の遠くなるような大昔から人は火を見つめて生きて来たのですから、我々の血の中には火を見て暮らす遺伝子が組み込まれているような気がします。
 炎を見るときその美しさと恐ろしさが交錯して、刻々と変化する造形の妙は、他に比肩出来ない芸術のような気がします。だからそれを陶芸で表現出来ないかと思ったのです。

 次の写真は昭和28年(1953)頃、朝秋葉原青果市場に接する高架脇の道で路上生活者が電線を
燃やしていました。
 当時の電線は絶縁材として蝋含綿巻き線でしたから、凄い焔を上げていました。多分盗品で貴重な銅を得ようとしていたのでしょう。
 その焔を撮影しました。焔だけを写し取るためにレンズを全開にして250分の1のシャッターを切りました。早い露出は明るい物だけを写し撮るからです。2枚の焔の写真は全く同じ焔なのですが、撮影位置を変えたので違う焔のように見えます。この写真は今まで写真の素材になったことが無かった為か、好評でした。
 この印象を陶芸で表現しようとしたのです。然し自然の焔には及びもつきませんでした。

  杜の鍛冶屋 撮影 昭和28年頃


 同


 ①是が陶芸の焔の第一作。然しこの焔は茶色です。鉄釉に伊羅保を重ねると赤い発色
になりますが、本物とは遙かに違いました。焔かな?という程度です。
この作品の動きの表現は写真に似ていますが、本物の微妙な刻々の変化とは遠いものでした。



②失敗作だから残念だが割って捨てようと思いました。然し捨てきれず放っておきました。
ある日、これを油絵のカンバスに見立てて絵の具を塗ったらどうだろう、オブジェになるかもと思い実行
しました。焔の主体の色は蝋燭の焔のように薄いオレンジなのですが是は違いました。


③モノクロの写真を見ると、焔の中に黒い隙間がありますので、本物に近付くために
穴をあけました。


④今まではどうしても花瓶の概念で作りましたが、考えると丸い筒型の焔は無いのに
気づき自由形に切り替えました。しかし隙間が小さいのは失敗でした。それに今までの
作品が全て上部に焔の先端に付き、これは不自然では?と思い⑤の作品を作りました。


⑤ ④の作品は赤が強調されており、見栄えは優れますが現物からは遠ざかります。⑤は各部から焔が立ち上がり
焔は黄色であるとの私の概念に近づいています。難点は背が低く見栄えでは劣ります。更に精進を続けて、もっと素晴らしい
ものを作りたいと思います。



                                     以上

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