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2010年1月

2010年1月28日 (木)

NO.243号 続・円覚寺、建長寺、鶴ヶ岡八幡宮、小町通り

円覚寺の拝観志納券(入場券)に北条時宗書状が印刷されていました。残念にも読み難いのですが,重文であり珍しいものですから掲載いたします。


 
 これは
弘安元年とあるから1278年に当たる。
 
元寇は1274年と1281年と2回の侵攻を受けており、その2回の侵略の間を縫い、北条時宗が1278年年末に南宋へ手紙を出したのだ。(北宋は60年前に蒙古の侵入で滅んでいた)当時は往復で1年や2年掛かっても不思議ではないし、使者が帰らない事も不思議ではない。殊に肝心の宛先の南宗は時宗の使者出発の翌年、つまり1979年に蒙古軍の侵入で滅び去っていたのだ。
 当時の日本は
再度の蒙古侵略に備えて、国全体が防備のために武器や兵士の増強や水城の構築は勿論、神仏への戦勝祈願を必死で行っており、南宋への時宗の手紙はどうか名僧をわが国へ迎えたいと懸命に訴えているのが伺える。
 手紙からは宗の国を頼っております。寺を建て仏に祈っていますが、欲しいのは木なら根元、水なら源のような仏教の真髄を求めんと望んでいます。と言っているようである。神仏への頼みは現在人の想像を超えるものだったと思うのだ。蒙古が攻めて来ますからとは、当然言えないことだったであろう。使者二人の安否を気遣い無事帰らせて欲しいとしている。
 詮と英は兄弟で建長寺開山禅師の弟、この二人が禅僧で使者である。二人が南宋へ着いたのは皮肉にも南宋滅亡の年であった可能性が高いから、としたら、生死も定かではあるまい。和南は時宗の署名で、南宋に和するの意だろうか?
 時宗は和南とだけ署名し、あとは禅僧の書と説明されている。


円覚寺の周囲は崖のような岩で囲まれ、座禅修行のための洞穴がこの写真もその一つ。立ち入り禁止で詳細撮影できず。


      多い建物が広く分散されて、その内容も伺い知れなかった。如意庵とある。


建長寺



                          建長寺総門


                           本堂





    
  仏殿 地蔵菩薩 格子天井に絵が美しく描かれていますが、撮影時気付かずで残念。


仏舎利塔 と思いますが、説明板がありませんでした。


      法堂  釈迦苦行像 パキスタンイスラム共和国より献納


          法堂 天井絵 雲竜図 小泉淳作 画  横河電機 寄進


                  庭園の解説は表札に


              大覚禅師の作庭 日本最古の禅庭園


               樹齢750年のビャクシンの巨木






鶴ヶ岡八幡宮
                         お寺に比べ賑やか


                         銀杏巨木と総門


                       銀杏巨木 近接撮影


                   八幡宮から駅まで、小町通りの雑踏


                                                    以上

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2010年1月25日 (月)

NO.242号 鎌倉

 1月24日の日曜日、天気がよいので夫婦で鎌倉へゆきました。今回で3回目になります。初詣も終わり静かな鎌倉を見たいと思ったのですが、お寺は静かなものの八幡宮は神社も門前町も沢山の人出、道路は動かない車が長蛇の如くで、観光バスが何台も来ていました。
 八幡宮は入学試験前で合格祈願が多いようでした。何故寺が閑散だったか?それは門前町が無いからだと思います。
 人は賑やかなところを好むのでしょう。円覚寺前には何も無く、お陰で空腹を我慢して歩く羽目になりました。

 円覚寺 お寺の案内紙より転写。
 国宝 舎利殿












 円覚寺入り口 以下は杜の鍛冶屋撮影です。
 時宗の墓がある筈。案内を読むとどうやらお堂地下の石櫃の中に遺骸が収められているようである。
冬空が美しく晴れ渡っていました。広大な寺で奥に向かい上り坂、岩壁の広いい囲いの中に寺の沢山の建築が並んでいました。
以前よりも建物が沢山になっている感じでした。岸壁のあちこちに座禅用の洞窟が散見サレましたが、説明が何故かありませんでした。立ち入り禁止区域が多く撮影出来ないのが残念でした。


入り口を登ると平地となり、社務所になり、更に階段を上ります。


二つ目の階段を登る。


大きな山門がそこに有りました。


本堂内部 何度も大火にあったとされるので、何時の建築か不明。


本堂脇にビャクシンの大木が枝を張っていました。巨木には大抵説明札がありますが、これには有りません。


本堂脇の梅古木に白梅が。


同拡大


奥へ奥へと続いて。外人観光者によく会いました。


次は2枚続き



開基廟. 時宗の墓はここに。


時宗の廟所 この古梅は 臥龍梅と言う。ここには緋毛氈の平将棋が置いてあり、抹茶を出してくれる。


黄梅院


蝋梅 花の真ん中に割合大きな鳥がいる。


ミツマタ


木造の千手観音



以下は3枚続きです。






                                         以下次号

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2010年1月22日 (金)

NO.241号 肉筆浮世絵、島田哲夫自宅で育てた蘭、

 肉筆浮世絵
 慌しい年末年始や、新年会なども過ぎ去り、これから2月末までが1年中で一番静かな時です。
 今でないと浮世絵の掲載が落ち着いて出来ません。解説は絵の下にあります。
 多くの方が聞いたこともない名前の浮世絵作品が続きます。私も初めてこれ等の優品を見たときの驚きを今も忘れません。しかも膨大な蒐集品を見たとき、こんなにも知られない優品が多いことに更に驚きました。
 長い期間寝かせた資金も膨大の筈。蒐集した故木村東介のお子さんに伺ったのですが、資金繰りのやりくりに随分苦労されたと伺いました。余程の度胸と自信がないと出来ないことと思いました。



右の絵。女の子の字は かむろ と読む。遊郭の花魁に仕え、付き従う任務を帯びる。幼い内に遊郭に売らて何れ遊女になる。



左の絵






右の絵


左の絵





右の絵


左の絵


 この二枚の絵何とも明るく美しいのに感じ入りました。江戸時代にこんなオシャレが流行したことがあったのですね。


島田哲夫  自宅で育てた蘭

自宅と言っても広大な屋敷でないのに、勉強と根気の必要な蘭を沢山育てているのに感心です。

Cymbidium ensifolium(シンビジューム エンシフォリューム) (別名スルガラン)
普通のシュンランを園芸店で購入し、5号鉢で栽培していましたら、鉢の縁から土がこぼれんばかりに根が張り、春に沢山の花が咲きました。我が家ではシュンランとかシンビジュームの栽培に適した環境ではないだろうかと思いまして、反町のサカタのタネにいきまして、「四季蘭」とラベルが付いているものを見切り品特価で1,500円で買いました。冬に咲くものとばかり思っていましたが、何と真夏に開花しました。沢山の蕾が上がって来ています。ホント感激です。「四季蘭」というのはスルガランの中国での呼び名だそうです。06/07/31 Canon PowerShot Pro1にて撮影



Cym.goeringii(シンビジューム ゴエリンギイ) (中国春蘭で、緋宝という名前が付いています)
中国春蘭は、我が家では、日本春蘭と比べ、強健です。この株は毎年開花してくれます。
09/05/28 Canon PowerShot G10 にて撮影


Cirr.lepidum(シルホペタラム レピダム)
シルホペタラムという属は、バルボフィラム属と近縁だそうで、どちらに分類しても外見上ではあまり変わりがありません。このレピダムは非常に強健で暑い夏に咲きますので、室内で鑑賞しないので、外でひっそりと咲いています。花一つ一つは大変短命で、5日位で花びらは落ちますが、初夏から咲き始め、夏の暑い間中次々に花茎をもたげて咲きます。
01/08/19撮影Nikon COOLPIX990にて


Den.cerinum(デンドロビューム セリナム)
2009年5月30日国際園芸平塚農場で購入しました。デンドロビュームというのは種類が多くて、また育て方も千差万別で、何を買っていいのか、よく分からないので、私は品種名で購入することは出来ないです。この株はたまたま、国際園芸に開花した状態で販売されていまして、その花を撮ったものです。冬の低温処理も必要ないようです。
09/06/04撮影 CANON PowerShot G10にて


Paph.Leaping Leopard 'Domino'×Ice Castle 'Galaxy'(パフィオペディラム 'リーピング レパード 'ドミノ'×アイス キャッスル 'ギャラクシー' この株は、RHSへは未登録か、登録申請中か、どちらかで、まだ品種名が付いていないので、両親の名前が仮に付いています)
京都の五島園芸から花付きの株を購入。通信販売で、カタログの色を見て購入しました。
その花を写しました。我が家ではまだ咲いておりません。
2009年04月06日 Canon Powershot G10にて撮影


Den.heterocarpum(デンドロビューム ヘテロカーパム)
デンドロビュームの中では非常に強健です。ノビルという強健な原種がありますが、このヘテロカーパムはノビル系かどうかは分かりません。
08/03/19 Canon Eos Kiss Digital X にて撮影


Den.kingianum系の交配種(デンドロビューム キンギアナム系の交配種)
我が集合住宅の庭に温室があります。住人が管理しきれなくなった植物が置いてあります。どなたか存じませんが、その温室を管理して下さっている奇特な方がいらっしゃいまして、その方のお蔭で、こうして蘭が毎年見事に咲きます。08/04/17 Canon EOS Kiss Digital X+SIGMA18~200mmズームにて撮影


Cym.kanran(シンビジューム カンラン 学名の文字通り、これは日本に自生する寒蘭で '桃里'という名前が付いています)
我が家では初花です。3輪つきました。蕾が膨らみましたが、開花するには力不足だったのでしょう。ペダル、セパルが互いに引っついて離れない状態でしたので、つまようじで離しました。離した時は写真のようには平開していなかったのですが、時間と共に平開しました。


Cym.Kanran(上と同じ呼び名です。寒蘭)
横浜反町のサカタのタネにて2006年11月25日購入。初めて寒蘭を買いました。蕾が一つだけ付いていました。この1つが咲いたので写しました。ラベルには抗州寒蘭という名前が付いているだけの固体名のない株でした。
購入した時、株に対して大きい鉢に植えられていて、業者の方が大きな鉢に植えていたのでこのまま育てましたが、年々作落ちして、とうとう2009年に枯れてしまいました。
鉢はできるだけ小さな鉢を使うべきことを思い知らされました。
2006年12月23日 Canon Eos Kiss Digital Xにて撮影



Den.amethystoglossum(デンドロビューム アメジストグロッサム)
この種も強健で毎年咲いてくれましたが、購入した時、大変小さな鉢に植えられていました。こんなに小さな鉢では可哀相という気持ちになり、少し大きな鉢に植え替えたら、これがいけなかったのでしょう。花が咲かなくなり、次の年には枯れてしまいました。
蘭は株の大きさに対して、不相応と言えるほどの小さな鉢に植えることの重要性をこの株で知らされました。
05/02/10 Canon PowerShot Pro1にて撮影


                               以上

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2010年1月19日 (火)

NO.240号 紅梅白梅、陶友の作品

 1月15日、近くを散歩していましたら紅梅と白梅に出会いました。何れも古木で赴きがありました。
善福寺川のほとりで白梅を見たのが1月3日でしたから、これは大分後ですが、自宅も含めて殆どの梅は未ださいていません。
 澄み切った冬空が綺麗でした。


白梅


同拡大

 これだけ花が付くと実も沢山でしょう。


 陶友の作品

 作  越 美奈子 植木鉢   幅14x14cm 高27cm
 堂々たる作品、花を植えたら見事だと思います。


同 斜め下から撮影


作  允  植木鉢  径17.5cm  高18cm
胴の模様は細縄を転がして付けたそうです。首の模様が窯変のように良いアクセントになりました。


作  同  植木鉢 春の近さを感じられたか、今回は植木鉢が多く。
この織部は美しい仕上がり。



作  須藤雄一郎 南天皿  径16cm 高4cm
達者な筆捌きであっと言う間に書き上げ、熟練技に敬服です。



作 同  子等皿  径13.5cm  高5.5cm
面白い題材ですね。


作  同
   枝つきの栗皿  径18cm 高6cm
難しい題材をさらさらと。


作  丘  皿   幅16cm  縦8cm  高1.5cm
簡素なデザインで美しく。食べ物が美味しくなりそう。


作  同  真上と斜めからで写りがこんなに違います。白泥の使い方が毎回お見事で作品が生きています。


作  同


  同  各々の大きさ  幅17.5cm  高14.5cm  厚1cm
今年の干支(えと)の虎。思い切った意欲的な作品と思いました。


作  竹屋   飾皿   径26cm  厚2.5cm 珍しい作品。これを足つき支えに飾り玄関に置くと映えると思います。これを真上から撮影しましたが、電灯の反射が強く諦めました。


作  彦左衛門  犬の鉢置き。 長径30cm   犬の背に鉢植えの花を幾つも乗せるのだ由。面白い発想だと思います。花を入れたら写真が欲しいです。 


作  杜の鍛冶屋  皿  径15cm  高4cm


                                              以上

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2010年1月17日 (日)

NO,239号 浮世絵、島田哲夫栽培の蘭、自宅の花

 浮世絵
 19世紀 文化・文政時代(1806~1827)は地震、水害、大火、飢饉等災難が多かったにも関わらず、何故か浮世絵が盛んで版画製作は繁忙であったようである。その理由はよく判らないが、文化文政時代作の作品に多いのも事実である。狩野派は大名や貴族社会の御用絵師で占められ、弟子入りが難しかったかも知れないが、浮世絵は全く自由だったから、優秀な絵師が居たからそれに引かれたかも知れない。
 然し、災害や飢饉の版画は全く見たことが無いのだから不思議である。災害は載せるのを禁止されたかも知れない。



 浮世絵の女性は何故か目尻が釣り上あがってきつい印象を受けるが、上の絵の女性にはそれがなく、穏やかな印象を受ける。当時は釣り上がりの目が美人の要素とされていたかと思う程である。
 花魁道中とは、旅に出るのではなく、郭内をゆっくり着飾って歩く,言わば顔見世である。着物に鳳凰が描かれた豪華版。 見物人が多かったようだ。






蛍が飛び、上に蜀山人の賛があると記されているが、残念にも私には読めない。




上の絵は若々しい美人で画面も明るく 杜の鍛冶屋 の好きな作品です。






 着物も極めて上等品だが、着物の襞(ひだ)が何とも美しい。下記の講評の通りの並々ならぬ手腕を感じる。





 歌麿門下で最高の絵師による作品とされる。江戸末期の最高の作品と木村東介の説明である。
 私は右下の女の煙管(きせる)が大きくて驚いた。



島田哲夫 栽培の蘭 説明は花の下にあります。

C.mossiae willowbrook(カトレア モッシェ 'ウィロウブルーク')。下のバナナに似たものは錯覚で植木鉢ですから念のため。09/03/22撮影 CANON PowerShot G10にて

私はカトレアの濃紫紅色が好きで、これまで交配種を買いましたが、原種が欲しくなりまして、2008年4月に片桐農園から購入しました。我が家では初花です。バルブが大きく育てば、花ももっと濃くなるかも知れません。バルブが前年の高さに達せず、花芽が付くのか疑問でしたが、咲いてくれました。


下の4点の画像は、C.Dolosa 'Precious White(カトレア ドロサ 'プレシャス ホワイト')です。
この花は、C.loddigesii(カトレア ロディゲシイ)とC.walkeriana(カトレア ワルケリアナ)の自然交配種と言われています。
我が家では、何故か、枯れませんが、毎年は咲きません。極めて気まぐれな花です。


08/05/07 Canon EOS Kiss Digital X+SIGMA50mmマクロにて撮影


06/04/12 Canon PowerShotPro1にて撮影


03/08/17Nikon COOLPIX990にて撮影

99.5.23撮影

下の2点の画像はC.intermedia v.amethystina 'aranbeen'(カトレア インターメディア バー アメジスティナ 'アランビーン)という原種です。

白地にほんのりピンクが混じってとてもよい感じです。丈夫で我が家では毎年咲いてくれます。


撮影年月日不明


02/04/18撮影Nikon COOLPIX990にて


 オンシジュウム 台は杜の鍛冶屋作の庭置き腰掛。大晦日夕に花屋に行き美しいこの花に見とれていましたら、店主が出てきて「お客さん.半値にしときますから買ってください」と言われて買いました。右は ヒヤシンス。1月になってから花芽が出て咲きました。

オンシジュウム花拡大




 水仙


キンカンの実が熟して来ました。

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2010年1月13日 (水)

NO.238号 肉筆浮世絵,島田哲夫栽培の蘭



 
 右の絵の上に二匹の蝙蝠(こうもり)が描かれている。蝙蝠は夕刻餌の昆虫を求めて飛ぶ。だからこの絵は夕刻を描いたものであろう。左の幅の狭い絵が280万円とあり、右のは450万円。広重を出した浮世絵集団だけに高価なのだろう。39年前に三越本店で売り出したときの価格であるから、今の評価はどうなるのだろう。これらの絵は売り出しのときのカタログを私が集めていたもの。
 二つの絵が離れて居るのは同じページをそのまま掲載したため。

 実は半年前までこれ等浮世絵を掲載していた。これは傑物美術商の 故 木村東介 が長い歳月根気よく蒐集したもので、膨大な数になり、各デパートから一斉に売り出したものである。
 ここ半年はあまりにも多い他のブログ資料に押されて、掲載が不能に陥っていた。季節を追う資料はその時期に掲載しないと適切な時期を失い、読者に迷惑を掛ける。だがこの浮世絵も誠に貴重資料である。
 その点このような美術品は季節を問わないから気長にお付き合いをしてゆきたいのだ。これ等の浮世絵は私の生きている間に掲載が終了出来るかどうか判らない。膨大な蒐集数であるからだ。





これが伊勢丹の前身と言われると、甚だ興味を覚える。建物も極めて豪勢。




 これは才能があるのに世に評価されなかった画家のようです。現代美術の社会でも長谷川利行のように極めて貧しい生涯を過ごし、死後最近の評価が一千万円を越す話があります。社会で暮らす以上常識を持たなくてはならないと思います。

島田哲夫 栽培の蘭

             Blc.Greenwich'Elmhurst'(ブラッソレリオカトレア グリーンウィッチ'エルムハースト')
          08/07/11 Canon Power Shot Pro1にて撮影

この蘭は、ヒロタの特売コーナーで見つけて購入しました。2,000円でした。Blc.Greenwichの最高峰名花が2,000円とは格安でした。5月にシース付きを買って、もう開花です。グリーンの花びらの中心に真っ赤な色が映えます。



                Blc.Ronald's Canyon 'Koko Head' AM/AOS(ブラッソレリオカトレア ロナルズ キャニオン 'ココ ヘッド')



          C.Bow Bells 'Wright Pearson'(カトレア ボウベルズ 'ライト パーソン)


                   C.Dolosa 'Precious White(カトレア ドロサ 'プレシャス ホワイト')
      08/05/07 Canon EOS Kiss Digital X+SIGMA50mmマクロにて撮影

この株は、どういう訳か、我が家では、春から夏にかけて成長するバルブには花が咲きません。冬に新芽を伸ばし、成長するバルブに花が咲きます。毎年必ず冬に成長するかというとそうではなく、気まぐれです。



                     C.loddigesii 'Impassionata' (カトレア ロディゲシイ'インパッショナータ')

今年もまた咲いてくれました。本当に強健です。今年は、先頭の株から新芽が出ず、後ろの株から新芽が出まして、それが咲きました。
08/08/01 Canon PowerShot Pro1にて撮影


                     C.loddigesii var coelurea 'Blue Sky'(カトレア ロディゲシィ ヴァー セルレア 'ブルースカイ')
            08/07/05 Canon EOS Kiss Digital X+SIGMA50mmマクロにて撮影

この花は青というより、ピンクというべきでしょう。今回は株が前年の株の高さの2/3程度しか伸びず、
花も2個と少なかったです。

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2010年1月10日 (日)

NO.237号 蘭の花,墨絵、陶友の作品

撮影と説明 島田哲夫 蘭の花

これは彼の自宅で栽培し、開花を2009年に成功させました。

 パフィオペディラムという蘭でPaph.Iantha Stage(アイアンサ・ステージ)という品種です。
両親は、Paph.sukhakulii×Paph.rothschildianumで、 1973年の登録。
2008年5月16日相模洋蘭園にて購入。購入後1年半後の2009年10月に開花しました。
 莫大な花の写真が収録されており、順次掲載の予定です。説明文は花の下です。


              Blc.Memoria Roselyn Reisman 'Diana(ブラッソレリオカトレア ロスリンレイスマン'ダイアナ'
    09/09/11 Canon EOS Kiss Digital X+SIGMA18mm~200mmズーム
にて撮影

          今回は、一輪咲いただけです。2008年は開花しませんでした。



                 Blc.Memoria Roselyn Reisman 'Diana'
     07/10/07 Canon EOS Kiss Digital X+SIGMA18mm~200mmズームにて撮影
     なかなか本物の色が出ません。本来はもっと潤いのある濃ラベンダー色なのですが…


                 Blc.Memoria Roselyn Reisman 'Diana'                

                05/10/02 Canon PowerShot Pro1にて撮影


                      Blc.Memoria Roselyn Reisman 'Diana'

          この株は毎年咲いてくれます。今回は花2つでした。大変強健です。栽培は易しいです。

                     04/10/03 Canon PowerShot Pro1にて撮影



                          Blc.Memoria Roselyn Reisman 'Diana


 これは杜の鍛冶屋の画友 桃井 昭 君が下記の上野の展覧会に毎年作品を出品していますが、今回は大作を出されましたので
このブログで紹介致します。大きさは全紙と言い、高さ68cm、横幅134.5cmです。

                            


                             
     桃井 昭


陶友の作品 陶芸教室は1月9日が始まりでした。

鉢 作者 允  古風の作品を学ばれたような重厚な印象を受けました
径13.5cm 高14cm


作者 同 径17.5cm 高13.0cm




皿 作者  竹屋 誠に簡素なデザイン。反ってこの方が美しいとされた方も居られました。径22cm 高3.5cm



 大皿 作者  竹屋  実に大胆な作品、傑作と思いました。幅22.5cm 縦28cm 高1.5cm 右上の赤丸は作者印です。



大皿 作者 同 これはオブジェとして作られたと思います。雄渾なる作品。幅24cm  縦26cm



大皿  作者  須藤雄一郎 この大皿を3枚作られました。3枚並べると壮観です。径25cm 高4.5cm



鉢 作者 同 鉄釉と伊羅保をt巧にデザイン。径17cm 高9cm



鉢 作者  越 美奈子 アクセントで作品が巧に生きたと思います。鉄釉に白釉




かぶ皿  作者   丘  何とも美しい作品。筆使いが絶妙、白泥を薄めにされご立派。透明釉もバランスよく。
径19cm 高6.5cm



鉢 作者  同 伊羅保でこれだけ釉を巧に掛けたのに感服です。



火炎 作者  杜の鍛冶屋 これは火炎の5作目です。作品が乾いたところで細かい部分に手入れをし
ています。素焼き,釉掛け,本焼きと後20日くらい掛かります。

                                                                

                                                    以上

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2010年1月 8日 (金)

NO.236号 高尾山

 不景気の歳には初詣が多いと言われます。苦しいときの神頼み とでもいうのでしょうか。働くのを辞めている私でも景気が良くなるように出かけたのですから、仕事に携わって居られる方々が真剣にお参りに行かれるのも当然と思います。
 高尾山にも団体で来られた背広姿を多くをお見受けしました。短い間隔で来るケーブルカーがぎゅうぎゅうの満員でした。
 この寺は真言宗智山派大本山で、高尾山薬王院有喜寺(やくおういんゆうきじ)と言い、成田山新勝寺、川崎大師と共に、関東三大本山の一角を占める名刹と記されています。創立は奈良時代、天平16年(744)行基菩薩により開基の由。
 以下本殿で戴いた説明書を転載致します。






 これから後は杜の鍛冶屋の撮影です。
1月7日に高尾山薬王寺に行きました。海抜およそ500m。沢山の参詣人に出会いました。
 高尾駅にケーブルカーが降りて来ました。上の駅まで高さ475m。


降りた駅の傍で綺麗なマンホールに遭遇。先ずパチリ。おすいは汚水なのでしょうか?
上の下車駅から寺までは相当な距離を歩きます。


見晴らし台から東を望み遙か彼方に小さく高層ビルが見えました。


上の場面から右の景色。緑は杉で、あとは雑木と思います。この杉は信者の寄付による植林と思います。莫大な寄付が行われたようです。


蛸杉の名が付いていました。目の高さの幹周りが6m、径2mの大木。このような巨木が並木をなし、千歳近いものも有る由。







こんな巨木も。  人間の命の短かさが何と哀れなことよ。



こんな像が何箇所にもありました。


高さ70~80cm位の違う像が道に沿って沢山ありました。金属製。


夕もみじ下山の僧と語らいて。 作者不明。句碑が幾つも並んで。


かな蝉が同じ鳴き声のかな蝉を誘う谷が浄土を思わせる


葉陰で読み難いが、 あわれ彼の 8月2日の払暁の 面影遠く町復興す。 終戦13日前の大空襲で廃墟と化
した街の面影が遠くなり、街が見事に復興したの意か。当時を生きた国民の誰もが復興を喜んだ感懐。


句の意は下に。




見事な天狗銅像。作者は著名な方であろう。





本堂への階段を登って。


本堂前の大香炉 本堂の彫刻が実に見事。しかし撮影失敗。


石段を降りて本堂からの帰り道。本堂内は撮影禁止。最初のパンフレットの転写で見て下さい。


八大龍王


食堂が至るところに。


京王電鉄の赤い灯篭の列が長く続いて。




山上も山下もお土産屋が繁忙。



                                                       以上

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2010年1月 5日 (火)

NO.235号 大宮八幡宮,梅開花

 この八幡宮は1063年の建立で、京都石清水八幡宮から勧請分霊されたもの。武蔵台地の東端に位置する。
 面積は1万5千坪で、関東の三大八幡宮の一つとされ、徳川幕府から大事にされた。江戸城に近い為か。
 見事な自然林が保護され、近辺には古墳、出土品が多い。

 大宮八幡宮まで自宅から歩いて行ったら、1時間半も掛かり、食堂は満員で、空腹を抱えて帰りました。
 疲れて帰りは井の頭線に乗りました。大宮と言っても埼玉県の大宮ではなく、杉並区の大宮です
 善福寺池の湧水から流れ出た水が大きな曲線を描いて流れ,後世の人がこれを善福寺川と言い、両岸が長い長い公園になっている。そこは桜の大樹が生い茂り、開花時は見事であろうと思う。
 
 
 

 善福寺川この両岸を公園として残す決断をした人は偉い人だ。
 岸辺を歩いていたら早咲きの白梅に出会い幸運だった。10年1月3日撮影




 善福寺川。下流から上流を望んで。
 今この川は狭く深く出来ているが、河川のことを少し勉強した私から見ると、自然の頃は沿岸公園を含んだ幅広い浅瀬の川だったと推定する。
 そして水を必要とする古代人が川沿いの家に住み、豊かな武蔵野で狩や他の食料を得て居た筈である。
 現にこの沿岸に縄文等出土品が多く、古墳の存在が知られている。(古墳時代は縄文よりも遙か後、3世紀頃)この近くに歴史博物館があったと思う。
 

歩いていたら五日市街道を横切りました。



 以下は大宮八幡宮のパンフレットから転写。原紙が小さいため、紙面がやや荒れます。



 
5月の春の大祭では子供の祭りの稚児行列も行われる。






 右の縦線はパンフの折り目。




以下は杜の鍛冶屋の撮影です



 本殿




 両陛下の御製




本殿前の銀杏大樹


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2010年1月 4日 (月)

NO.234号 新年初詣で 井草八幡宮

井草八幡宮
 元旦に殊勝にも井草八幡宮に詣でました。昨年はゆっくり出掛けたら長蛇の列でしたので、今年は早目に出かけました。
それでも70m程の行列で、参拝後には遙かに長い行列で正解でした。
 
 耶蘇讃え 仏で暮れて 神で明け (やそたたえ ほとけでくれて かみであけ)

 記憶が定かではありませんが、大分前の新聞の入選句です。キリスト教の信者でもないのにクリスマスを楽しみ、仏教の除夜の鐘を聞いて一年を顧み、正月は神社にお願いに上がり、日本人は宗教を巧に操縦した人種だという面白い句でした。

 井草八幡はこの地域最大の神社で、広大な敷地に展開しています。頼朝手植えと伝えられた松の木がありましたから、古いのは間違いないでしょう。その松は10年以上前に枯れて、新しい黒松が植えられ、それも既に相当大きくなりました。

 東参道入り口。主参道は下図右上。


およその全貌


中心部拡大


楼門


本殿前の行列








唐獅子の見事な彫刻


天然記念物であった頼朝手植えの松の断面




プライバシーに関わるので願い札は遠くから
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2010年1月 3日 (日)

NO.233号 年末から年始へ

大晦日 築地本願寺と築地場外市場

 地下鉄日比谷線を降りて南に向かうと左に築地本願寺の大きな建物が見えてきます。本願寺は京都にあるものが有名ですが、それは西本願寺と東本願寺と二つに別れています。秀吉と家康の介入があり、親鸞聖人の創始の浄土真宗が二つに別れたと聞いていますが、その真相を述べる気はありませんので話を進めます。尚、門徒と言う言葉は浄土真宗の信者を指しさします。

 現在の築地本願寺


 築地のこの寺は西本願寺派のもので、
正式名称は浄土真宗本願寺派築地別院です。 築地とは名の如く江戸時代にこの寺を建てるために門徒衆が埋め立てをした土地の意味で、今の築地場外市場も勝鬨通りも、元はみな寺の境内でした。
 その頃は一帯に58もの寺院が集積していたと言いますから、江戸の寺町だったのでしょう。
 
 入り口で貰った歴史によると概略下記の通りです。
 この寺は
1617年に浅草に建てられましたが40年後に妙暦の大火(振袖火事)で焼け、火事後に幕府からの命令で代替地として現在の八丁堀を貰いましたがそれは海で、佃島の門徒衆の努力で埋め立てが出来たのでした。
 当時隅田川の河口であり、遠浅の河口とも海とも付かない広い地域だったと推定されます。
 
関東大震災はここに建てられた本願寺を焼き尽くし、再建計画で不燃建築を望み、東大工学部教授の伊藤忠太博士の」設計で古代インド仏教様式の現在の建物が3年掛かりで昭和9年(1931)に完成しました。
 随分前にこの建物を初めて見たとき、私はアンコールワットを想起したので、豪壮広大な建物に感激していました。


 
寺入り口近い所にプラタナスの大木が。



 
京都西本願寺


参考。京都 大谷派 東本願寺



 築地場内市場は築地本願寺の直ぐ近くで、09年12月31日午前10時頃行きました。沢山の店、沢山の人、沢山の商品で、年内に売り切れるか気になりました。
 押すな押すなの混雑が。



















押され、前を遮られ、カメラぶればかり。満足なもの僅少。
この後元旦や3日の初詣と撮影済みと続きます。少しばて気味です。     以上

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