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2010年1月 3日 (日)

NO.233号 年末から年始へ

大晦日 築地本願寺と築地場外市場

 地下鉄日比谷線を降りて南に向かうと左に築地本願寺の大きな建物が見えてきます。本願寺は京都にあるものが有名ですが、それは西本願寺と東本願寺と二つに別れています。秀吉と家康の介入があり、親鸞聖人の創始の浄土真宗が二つに別れたと聞いていますが、その真相を述べる気はありませんので話を進めます。尚、門徒と言う言葉は浄土真宗の信者を指しさします。

 現在の築地本願寺


 築地のこの寺は西本願寺派のもので、
正式名称は浄土真宗本願寺派築地別院です。 築地とは名の如く江戸時代にこの寺を建てるために門徒衆が埋め立てをした土地の意味で、今の築地場外市場も勝鬨通りも、元はみな寺の境内でした。
 その頃は一帯に58もの寺院が集積していたと言いますから、江戸の寺町だったのでしょう。
 
 入り口で貰った歴史によると概略下記の通りです。
 この寺は
1617年に浅草に建てられましたが40年後に妙暦の大火(振袖火事)で焼け、火事後に幕府からの命令で代替地として現在の八丁堀を貰いましたがそれは海で、佃島の門徒衆の努力で埋め立てが出来たのでした。
 当時隅田川の河口であり、遠浅の河口とも海とも付かない広い地域だったと推定されます。
 
関東大震災はここに建てられた本願寺を焼き尽くし、再建計画で不燃建築を望み、東大工学部教授の伊藤忠太博士の」設計で古代インド仏教様式の現在の建物が3年掛かりで昭和9年(1931)に完成しました。
 随分前にこの建物を初めて見たとき、私はアンコールワットを想起したので、豪壮広大な建物に感激していました。


 
寺入り口近い所にプラタナスの大木が。



 
京都西本願寺


参考。京都 大谷派 東本願寺



 築地場内市場は築地本願寺の直ぐ近くで、09年12月31日午前10時頃行きました。沢山の店、沢山の人、沢山の商品で、年内に売り切れるか気になりました。
 押すな押すなの混雑が。



















押され、前を遮られ、カメラぶればかり。満足なもの僅少。
この後元旦や3日の初詣と撮影済みと続きます。少しばて気味です。     以上

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