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2010年3月 6日 (土)

NO.252号 226事件、

 昭和11年2月26日突如としてこの事件が起きた。当時私は小学校1年生。何だか大人たちが騒いでいた記憶が鮮明に蘇った。この事件の全貌が明らかにされたのは戦後のことであった。

 杉並区立郷土博物館(分館)で226事件の杉並区内で発生した渡辺錠太郎邸襲撃事件の展示が行われたので見に行った。渡辺錠太郎は当時陸軍教育総監で陸軍大将の要職に居たのであり、これだけ読んでも只ならぬ事件と思われるだろうが、スケールが後に述べる如き大きなものだったのである。襲撃したのは青年将校と部下たちであった。

 二・二六事件(ににろくじけん)は、1936年2月26日から2月29日にかけて、日本の陸軍皇道派の影響を受けた青年将校らが1483名の兵を率い「昭和維新断行・尊皇討奸」を掲げて起こしたクーデター未遂事件である。事件後しばらくは「不祥事件」として扱われていた。

 事件概要 [編集] Wikipediaより転載

大日本帝国陸軍内の派閥の一つである皇道派の影響を受けた一部青年将校ら(20歳代の隊付の大尉から少尉が中心)は、かねてから「昭和維新・尊皇討奸」をスローガンに、武力を以て元老重臣を殺害すれば、天皇親政が実現し、彼らが政治腐敗と考える政財界の様々な現象や、農村の困窮が収束すると考えていた。彼らは、この考えの下1936年(昭和11年)2月26日未明に決起し、近衛歩兵第3連隊歩兵第1連隊歩兵第3連隊、野戦重砲兵第7連隊らの部隊を指揮して

 等の殺害を図り、斎藤内大臣、高橋蔵相、及び渡辺教育総監を殺害。また岡田総理も殺害と発表された(但し誤認)。

その上で、彼らは軍首脳を経由して昭和天皇に昭和維新を訴えた。しかし軍と政府は、彼らを「叛乱軍」として武力鎮圧を決意し、包囲して投降を呼びかけた。反乱将校たちは下士官・兵を原隊に復帰させ、一部は自決したが、大半の将校は投降して法廷闘争を図った。

 以下は私見。
 当時の社会情勢は大正の好景気から一転して奈落の底に落ちたような不景気で、農村の疲弊が酷く子女の人身売買が公然に行われていた。米価の維持が現今のようではなかったのだ。

 殊に青年将校の間に天皇を取り巻く重臣が悪の根源だ!とのムードが広がり、その排除が必要との意見が広まりつつあり、彼らを排除することが真の忠義であり、それで天皇親政を招くのだとの共通の心理が醸成されていた。

 しかし、重臣等を殺害して、天皇は激怒したから思惑が大きく狂わざるを得なかったのである。軍内部には決起の将校に同情的で、救済に動く意見も多々あったが、再三の天皇の激怒で沈静に動かざるを得なかった。

 後年昭和天皇は、明治憲法は信頼出来る臣下に全てを任せるように出来ており、天皇が政治に関わる事は無かったが、226事件と終戦の決断だけは断固として自身が決定し命令したと述べたと言う。
 偉いお方であった。

 襲撃の将校が何人も死刑になったし禁固も多かった。しかしその内容は発表されなかった。我々が知ったのは戦後である。当時減刑嘆願書が全国から集まっていた。それ程国民の多くが彼らの行動を讃えていたのだ。そんな時代だった。

 陸軍内部には皇道派と統制派の2派が対立し、226事件は皇道派が引き起こし、以後統制派のものとなった。東條英機は統制派である。
 226事件はその後の日本の運命を間違いの方向に導く糸口になった。

 荻窪で殺害された渡辺錠太郎は小学校しか出ないで陸軍士官学校を主席で卒業し、陸大も出た英才であった。惜しい人を失った。

 ここに出てくる柳井平八は陸軍に勤めた建築家で、渡辺家の建築設計を行った人である。今その家は無いが、一部が郷土博物館に寄贈されている。

 赤い卓袱台は襲撃されたときに、次女を錠太郎が咄嗟に立てかけたこの卓袱台の影に囲われて救われたとされたもの。

下記はA4紙に印刷の 表と裏である。字が細かく読めないから分割して掲載。



飛行機で撒かれた 有名な 兵に告ぐ


                            以上

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