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2010年4月16日 (金)

NO.266号 新宿御苑の不思議、内藤家とは?

 新宿御苑の不思議
 265号で御苑の桜を掲載しました。 私が新宿御苑のことを不思議に思ったのはその広さでした。
以前に内藤新宿という言葉をよく聞きました。何故内藤が付いているのか?判らないので年寄りに聞くと、あの土地は内藤という大名が持っていたからだと説明されました。

 内藤などという大名など知りませんし、あの広大な御苑の地所を持てたことが不思議でした。その広さは徳川御三家の江戸屋敷よりも広いのです。
 御三家よりも広い地所を江戸に持つ大名となると、より将軍家に近い大名になりますが、内藤家を調べると3万石余の扶持しか持っていないではありませんか。内藤家が高遠城に入ったのは元禄4年で以後維新まで続きました。後に述べる保科正之とは年代が違いますが彼が故郷とした土地のために働いた可能性は有ったと思えます。
 しかも内藤家の出は千葉県の多古から出ており、徳川家との関係が判りません。
 しかもあの地所には内藤家の下屋敷があり、本屋敷が別にあったのです。
 興味が深まり色々と調べ、次第に全容が判ってきました。

  二代将軍秀忠に隠し子がいたのです。将軍に隠し子?これも驚きでした。将軍には跡継ぎが必要です。病死する子が多かった時代、子を多く産み育てることが将軍だけでなく全ての大名に必要で、後継者がいないで城主が死ぬと廃藩にされてしまいました。家康は幕府の安泰のために用心深く御三家を準備して死にました。

 こんな状態のなかで、将軍が第二,第三の夫人を持つのは当然と思いますが、それがこの場合にそれが出来ない事情がありました。



          生母お静の方


 秀忠にはお静という思いを寄せる女性が大奥にいて、二人の間に幸松という子ができていました。ところが奥方は淀君の妹のお江与でした。
。彼女は信長の血を引く傑女ですから、そんなことが知らされたら黙っては居ません。彼女は後の将軍になる三代家光のほかに二人の男子と五人の姫に恵まれていましたから、自分の子の外に次の将軍の競争相手が現れたのでは、それを排除するために何をやりだすか判らない不安がありました。 幸松の命を救うためにお静の実家に移し、更に有るときは極秘で裏長屋に住んだ事なぞの苦労があったと伝えられています。勿論全て極秘の内に事が進んで行きました。

 ここに見性院という女性が登場します。この人は武田信玄の娘でしたから多分度胸が据わっていたのでしょう。知り合いの高遠の保科家に話を持ち込み養子にして貰ったのです。保科家は既に決めていた後継者を廃嫡して幸松を後継者にしました。幸松21歳の時に養父保科正光が亡くなり、幸松が高遠藩の藩主となり保科正之となりました。

 家光が3代将軍になりましたが、正之が異母弟とは知りません。幕府閣僚は正之のことを知っていたのでしたが、家光の弟の忠長との将軍相続の争いで苦労したので敢て公表を避けていました。

 あるとき家光が目黒に鷹狩に出かけた折に休んだ寺の住職から保科正之が弟と聞き大層驚きました。しかしどんな人物か判らないし、将軍の弟として権威を嵩にして横暴でも困るとして警戒しました。当然のことでしょう。
 然し正之は学問、武道に励み、苦労を重ねて庶民の苦労をつぶさに学んでおり善政を敷き、立派な人格者であることが知られるようになりましたが家光に対しては臣従の態度を守り、庶民に対しても威風を飾る事がありませんでした。
 正之の出世が始まりました。26歳→山形藩主→会津藩主と領地を変え23万石の大名となり、幕閣で重きをなし、4代将軍家綱の補佐役となりました。
 幕政に集中し、会津には20年間帰らず、高遠以来の重鎮に藩政を任せ、江戸からも幾つもの的確な指示を出したと伝えられている。
 家光から姓を松平とせよと言われたが辞退しています。

 高遠から重臣を伴い任地に赴任したが、多くの家臣を残し、自分を育てた山河と人々のために高遠後任の城主にも配慮があったのではないだろうか。

 保科正之 像  三代将軍 徳川家光 異母弟
以上

次は武田勝頼の新府城、山梨桃源、高遠城跡・満開の桜になります。

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