2008年7月10日 (木)

NO60 レンギョウと日朝摩擦

 NO59でレンギョウのことを書いたが、この漢字は連翹と書く。どんな花か描かなくてはサービス不足だからと思い、インターネットで調べたものを掲載するが、撮影者のお名前は記録されていないから、不明である。


 
 桜は日本人の心を表すというから、連翹も韓国の国花とされているのだから、かの国の人の心を優しく表しているのだろう。写真の如く可憐で美しい花である。
 高さは人の背高さくらいで、低木のうちに入ると思うが、楚々たる風情は何とも言えないものがある。
 NO59 で韓国の骨董品のことを一品紹介した。紹介したものは石の彫刻であり、焼き物ではない。この後 NO61 での記事は韓国の焼き物のことを書こうと思う。

 韓国を旅した大きな目的は、骨董品を買うのが目的ではなかった。古い寺院群と柳海剛(りゅうかいごう)窯を尋ねるのがその目的だった。
 壮大な古く立派な寺院を幾つも見た。仏教の伝来は即ち文化の伝来と軌を一つにする。
 朝鮮に仏教の伝来は西暦372年であり、日本のそれは538年とも552年とも言われている。170年位日本への伝来は遅れていたのだ。
 朝鮮で青銅器の使われたのが紀元前500~600年からであり、日本のそれは紀元後1~2世紀からである。
 韓国に法隆寺よりも古い寺があっても不思議ではない。
 それに古い韓国の寺にはふんだんに大きな石が用いられているのは、鉄の道具が早く作られたからではないだろうか?
 これらを見て私が強く感じたのは、古代の韓国は日本よりもずっと早く先進国になっていたのだ。
 だから、朝鮮民族が永く日本を見下した後進国としていたのは仕方がないことだったのだ。
  明治日本の興隆から、戦後の日韓関係の悪化につながったのも判るような気がする
 全ては時の解決を永く待つしか無かったのだ。

 以下 NO61 に韓国の焼き物の感想を書きます。

                             以上

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2008年7月 6日 (日)

NO58  人生所感

 今日は08年7月6日で日曜日です。
 勤めも随分昔にやめたのに、何故か日曜の朝はホッとするのが不思議です。妻も同じに感ずるようです。
 午前11時に私のブログを開けてみましたら、訪問人数が2千700人に近づいていて驚きました。この右側に出ている太めの大きな数字が訪問件数です。
 ブログを始めてから未だ45日しか経過していませんし、身辺の僅かの人にお知らせしただけなのです。知人は老人ばかりで、パソコンを使っている人は極く極く少ないのです。
 どのような方が見て下さっているのか?作者の私には全くわかりません。
 お名前を書かなくて結構ですから、下のコメントをクリックして下されば、書き込みが出来ますから是非ご感想を寄せて戴ければ大層ありがたいです。
 皆様のご興味を知りたいのですし、ご批判が欲しいのです。貴方のお歳を入れてくだされば尚ありがたいです

 私は何も社会的に偉くもない、一介の爺さんです。言いにくいとは思わないで下さい。年金生活で金持ちや、偉い人とは全く縁が有りません。

 80年近く生きて来て知ったことは、苦労の無い人生などというものは一つも無いということです。みんな苦労の記憶の上に生きているのです。

 先日仲間の中で90歳に成られた方のお祝いに、15人程の集まりがありました。その人達の中では私が一番若かったのですが、ある人が、
 「昭和という時代は皆が苦労したねー」と回顧談が始まりました。戦陣や空腹、空襲の恐ろしさが散々語られた後で、誰かがふと、

 「一番苦労したのは昭和天皇だったと思うよ」

 との発言があり、皆が「同感だだねー、気の毒だったと思うよ」

 と、散々苦労を積んで来た老齢の出席者達が同調したのです。
 これ、今の若い人に判って貰えるでしょうか?。
 苦しみは金持ちにも、貧乏人にも容赦なくやって来るのが人生ですよ。簡単に死を選んではいけません。
 幸いにも与えられた人生は貴重なもの、どうか大事に生きて、楽しんでください。

        杜の鍛冶屋    敬白
 

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